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CAPD(腹膜透析)

 

平成7年に人工透析が始まって今年で6年目になりました。

CAPDのことは透析が始まったころからしっていました。

そのときは、水分制限が今に比べてすごく楽になると聞いていたので、真っ先に食いつこうと

先生にも希望を出しました。すぐに直の答えは×でした。

原因は簡単なことです。なんせ二日で6キロもドライが増えるんですから、いいと言われるわけもありません(^-^;;

 

1日明けでも、4キロ近くも増えるし・・・そのときは何も言えずにそのまま諦めました

それから3年間は半分やけになっていて、増えて苦しいのに平気で飲みまわって、先生にも技師の方にも

怒られてばかりいました。

内心では明日にでも死んでもいいと思っていたのですから、何を言われても全然気にしないで、逆に反発を

するくらいでした。

 

自分で少しずつ変わったのは3番目の子供が生まれてからでした。

そのときに初めて、もしかして、長生きしなくては・・・と思うようになりました。

今までの不摂生もだんだんなくなってきて、この1年くらいは優等生と言われるくらいになりました。

二日明けでも2キロくらいで、1年くらいは合計除水量も3000を超えることがありませんでした。

 

実を言うと、それにはもうひとつ目的があってそれがCAPDでした。

いろいろ病気になってから仕事の面接にも行きました。

健康なときは、内装業をを18のときからやっていました。自分ではデスクワークは絶対に向かない仕事だと思っていったので

そっち関係の仕事は何も考えていませんでした。

話は少しそれますが、そのときの目標は「独立する!」「30歳までに家を建てる!」この二つのためにがんばってきました。

 

一つ目の夢は平成7年3月に実現しました。社長と言うより若いのを3人ですが使って親方をはっていました。

そのころ現場もあってそこそこがんばっていました。

後は、もうひとつの夢を塚本思っていました。それから2ヵ月後に病気のことが分かりました。

言葉にはあらわせませんでした。人生真っ暗とはきっとこのことを言うのかと思いました。

プロフィールにも書きましたが、2ヶ月間逃げて結局7月に透析に緊急で入りました。

 

今までがんばってきた仕事が何もなくなりました。

透析導入後2ヶ月で退院しました。そのとき、もう一回前の仕事に戻りました。

でも、やっぱり体力の問題で続きませんでした。

そこで、すぐに前向きに考えればよかったのですが、それが出来ないで、やけに走る方に

行ってしまったのです。

 

3番目が生まれてから将来のことをすごく考えるようになりました。このままではいけないと本当に思いました。

ちゃんと子供のためにきちんと就職もしなくてはと思い、少し無理をしてでも、子供にこんな父親でも背中を見せないととも思いました。

障害者主催の就職面接やいろいろ就職活動もしました。

でも、どうしても週3日早退となると、正社員では雇ってもらえず、パート扱いになってしまいます。

何もやらないよりは思いましたが、やっぱり、正社員で働きたいと思いも強かったです。

 

時間に束縛されないと考えたときに、すぐにCAPDのことを思い出しました。

そのときに何気なく先生には話をしたんですけど、すすーと交わされてしまいました。

最近少し成績が良くなっても今までが悪すぎたので、今、何を言っても説得力がないと感じ、

1年間はがんばって数字で成績を残そうと思いました。

今まで6キロも増えてた人が2キロで押さえるってことは自分で言うのもなんですがそうとう努力をしました。

 

なんとかそれが習慣になって最後のほうは、大丈夫だったのですが、何とかデーターの数字も水の増える量も

自分で調整が出来るようになりました。

そろそろCAPDの話をしようと思ったのですが自分の通ってる病院には現在はCAPDの患者さんがいません。

もともとCAPDは反対の病院なんです。

まず最初に結構話す看護婦さんに誰にも言わないと約束してもらって相談しました。

その看護婦さんはすぐにいい考えといってくれました。

 

でも、でも、正直なところ心のどこかでは悩んでいます。

現在やっと透析にも慣れてきて、水分の取り方や食事の仕方、ほとんど完璧に近いくらいです。

居酒屋に行って飲んだり、体も、体力も大丈夫な状態です。

透析が終わってからもすぐに遊びに行けちゃうくらい順調でした。

もし・・・CAPDに移って調子が悪くなったらどうしよう・・・体調がおかしくなったらどうしよう・・・

 

それが一番の不安でした。食事療法も変わってしまうし、低蛋白、低カロリーになるそうです。

実際には半年くらいは悩みました。

それでも、仕事のことを考えるとこれしかないという気持ちも強くなってきて、院長に受診に行きました。

そのときの先生の答えは反対はしませんでしたが、もう一度ゆっくり考えてと言う答えでした。

 

看護婦とかは「今の透析がつらいの?」「そんなに水飲みたいの?」なんてふざけたことも言われました。

頭の中はカチンときていましたが、言いたい人には言わせとおこうと思いました。

院長の初めての受診から数ヶ月がたち、もう一回受診をしに行きました。

そのときの心の中は決まっていて、はっきりと"どうしてやりたいのか"言いました。

院長もそういう考えならOK!と言ってくれました。

 

後は病院のベット空き待ちです。

今でも、悩んではいますが、ずーとこのまま悩むのなら、この先一生透析をしなくてはいけないのなら

いろんな方法があるのならそれにチャレンジしても言いと思いました。

せっかくやるのなら、少しでも、何かひとつでもCAPDにして良かったと思いたいです。

平成13年3月16日からCAPDが始まりました。

 

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CAPDいろは1・・・自分の場合

HDは血液を多く引くために腕の所にシャントという手術をします。

長い人でも手術の時間は1時間くらいで局部麻酔でやります。

血液を引いて4時間の間ダイライザーという人工腎臓に血液を

通して体の毒素や余分な水分を、外に出します。

お茶をこすとにたような原理ですね

CAPDは体の腹膜という機能を使って体の毒素を抜きます。

腹膜の中にダイアニールと言う液を貯蓄して4〜7時間くらいして

抜きます。そのときにまた新しい液をお腹の中に入れます。(バック交換)普通のひとで2L貯蓄して、4時間後に排液をするときには2400とかそのときによって異なりますが、入れた量よりも多く廃液されます。これが透析で言う序水量になります。

HDではその時間で設定の序水ができますが、CAPDの場合は1日から2日くらいで見なくてはいけません。ひどいときなんて、マイナスって時もありました。今でもそうなんですけど、それで結構悩んだりもしています。(^-^;;

手術はへそから横に10センチくらいの所に腹膜に刺すカテーテルというチューブを入れるためにきります。そこからさらに横にカテーテルが飛び出ている状態です。これは常にお腹からでてる状態で

普段は腹巻にまいて抑えています。

お風呂に入るときも、傷口がぬれないようにカバーをする物がちゃんとあって、それをつけて入浴します。

毎日イソジンで傷口を消毒してあげます。

腹部を切った所は1週間で抜糸をしましたが、

カテーテルが出てる所は抜けないように未だに表面の皮膚と糸で

結ばれています。いつになったら大丈夫なんやら(^-^;;

少しでもみなさんの役に立てるように自分の知ってることは答えたいと思います。うまく伝わるか不安ですが(笑)

もしかして、他の方でもこれは違うんじゃないかと思われることもあると思いますが、自分の経験なんで、おしえてください。